2014年07月07日に行なわれた熊本地方裁判所「生活扶助基準引下げ処分取消し訴訟」の第1回期日弁論、尾藤廣喜弁護士(びとう ひろき/生活保護問題対策全国会議代表幹事・STOP!生活保護基準引き下げ)の意見陳述書を転載させていただきます。
☆転載開始☆
意 見 陳 述 書
2014年(平成26年)7月7日
熊本地方裁判所民事部御中
原告ら訴訟復代理人
弁護士 尾 藤 廣 喜
記
1 本件訴訟の審理開始にあたって、原告ら代理人の一員として意見陳述を申し上げます。
本件は、生活保護(扶助)基準の「引き下げ」処分の取消しを求める集団訴訟でありますが、訴訟に先行する審査請求は、全国で約1万2000人の方が申立てをしています。過去最多の年間生活保護に関連する審査請求件数が、2009年(平成21年)の1086件ですから、この10倍以上の方々が不服申立てをしたということになります。そして、審査請求の裁決を経ての提訴も、佐賀、さいたま、そして御庁と続いており、今後も全国で続々と提訴され、やがては生活保護の歴史上空前の大量原告の訴訟となることは確実です。
もともと、生活保護を利用している人たちが行政を相手に不服を申し立てること自体が、決して容易なことではありません。とりわけ、一昨年の「生活保護バッシンング」の影響は深刻です。にもかかわらず、史上空前の人数での審査請求がなされ、やがては提訴をしようとしているのは、どこに動機があるのでしょうか。
まず、第1に、日本における深刻な「格差の広がり・貧困化の進行」があります。例えば、「貧困率の推移」を見ても、2009年(平成21年)にやっと政府が発表した2006年(平成18年)時点での相対的貧困率は15.7%、2009年(平成21年)時点での相対的貧困率は16%とさらに悪化しています。実は、OECD諸国のデータによれば、2005年(平成17年)の日本の全人口の相対的貧困率は、メキシコ、トルコ、米国に次いで第4位でした。そしてこれを生産年齢人口での相対的貧困率を見ますと、2006年(平成18年)では、米国につぐ第2位の深刻な状態にありました。
2 このような貧困の深刻化の中で、生活保護利用者が増加することは当然のことです。生活保護制度利用者は、1995年(平成7年)には88万2229人でしたが、2011年(平成23年)7月には205万0495人と現行制度発足以来最多数となりました。そして、2014年(平成26年)3月には217万1139人と最多数を更新し続けています。
このような状況を改めるためには、①非正規雇用の規制や最低賃金のアップ等による雇用の安定、②年金額の引き上げ、医療保障の充実、雇用保険の失業給付の充実など社会保障給付の拡充、そして何よりも、③生活保護基準の「引き上げ」こそが必要です。
ところが、政府が行った対策は、全く反対に3年間に総額670億円(平均6.5%、最大10%)という過去に前例を見ない大規模な生活保護基準の「引き下げ」だったのです。
これでは、「貧困層がますます貧困になるだけ」で、貧困対策にはなっていないばかりか、生活保護利用者の生活は、健康で文化的な最低生活を保つことすらできない状態に追い込まれています。
第2の問題は、「引き下げ」の手法の問題です。
今回の「引き下げ」は、結論先にありきの引き下げでした。
もともと、社会保障審議会生活保護基準部会では、憲法25条の規定をうけて、あるべき健康で文化的な最低生活水準をどう考えるべきかという観点から検討が進められていたのです。ところが、その後、厚生労働省の事務局が、報告書とりまとめの直前、突然に第1十分位(下位10%の所得階層)の消費実態と生活保護基準を比較する方法での検討を提案し、同部会は、2013年(平成25年)1月18日に報告書を取りまとめましたが、その報告書では、むしろ、第1十分位との比較に疑問を示し、安易な引き下げに慎重な姿勢を示していました。
にもかかわらず、政府は、これまた突然に、それまで基準部会でも全く検討がなされなかった「物価の動向」(デフレ)を理由に、報告書の内容とは異なって生活保護基準を3年間で総額670億円引き下げるという方針を決めてしまったのです。しかも、この結論を導き出すために、厚生労働省は、「生活扶助相当CPI」というまやかしの物価指数を取り入れて数字合わせまでしています。
この結論には、自由民主党の政策として、生活保護基準10%削減を掲げていたことが大きく影響していることは間違いありません。
このように、今回の引き下げは、内容面でも手続き面でも大きな問題点・違法性を持っています。
3 しかし、今回、先に述べたような1万2000人にも及ぶ当事者の方々が審査請求に立ち上がったのは、この2つの理由だけではありません。
第3には、生活保護制度が、健康で文化的な最低生活保障のあり方を決定づけるという重要な役割を持つところから、保護基準の引き下げはさまざまな制度に影響を与えます。
最低賃金、基礎年金の給付水準、「就学援助」制度にも大きな影響を与えます。
そのほか、住民税の非課税基準、国民健康保険の保険料の減免、介護保険料の軽減基準、保育料の徴収基準など多くの負担や料金の基準となっているため、生活保護基準が下がればこれらの負担は反対に増額することになります。
このように、生活保護基準は、私たちの生活に密接しており、生活保護制度は「あの人たち(制度利用者)の制度」ではなく、「私たちの制度」なのです。ですから、本件の原告らは、単に自分たちのために訴訟を闘っておられるのではなく、私たちの生活の「岩盤」を支えるためにも闘っておられるのです。
4 弁護団長の加藤修弁護士が言われましたように、私と加藤弁護士は、今から44年前の1970年(昭和45年)に奇しくも同期として厚生省に入省致しました。私は、最初の1年半「保険局」で医療保険を担当し、その後、1年半「社会局保護課」で生活保護を担当しました。当時の「社会局保護課」は、加藤弁護士が紹介した「年金局」の状況とは違って、ナショナル・ミニマムを担うという使命感のもと、一致して、制度をいかに良くするか、また、ナショナル・ミニマムをいかに底上げするかという熱い思いで、議論し、運用を図っておりました。
しかし、最近の生活保護行政は、残念ながら、財政対策の視点から、保護費を削減することばかりを考えており、憲法や生活保護法の本来の理念から大きくはずれ、全くねじ曲げた法運用、法改正を行っています。
5 貴裁判所におかれては、原告らの先に述べた3つの思いを正面から受けとめ、また、憲法及び法本来のあり方をしっかりとお考えいただいて、内容面でも手続き面でも違憲・違法であり、正当性のない本件処分を取り消す明快な判決を下されるよう心より要望致します。
以上
☆転載終了☆
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