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佐賀地方裁判所「生活保護基準引き下げ処分取り消し訴訟」意見陳述書

生活保護基準引き下げ処分取り消し訴訟、全国初の審理が佐賀地方裁判所で、2014年06月06日開催されました。
尾藤廣喜(びとう ひろき)弁護士による意見陳述書の全文を以下に転載させていただきます。

☆転載開始☆

             意 見 陳 述 書
                2014年(平成26年)6月6日
佐賀地方裁判所民事部御中
                 原告ら訴訟復代理人
                  弁護士  尾  藤  廣  喜
                  記
1 本件訴訟の審理開始にあたって、原告ら代理人の一員として意見陳述を申し上げます。
  本件は、生活保護(扶助)基準の「引き下げ」処分の取消しを求める集団訴訟として、全国初の提訴事件であります。
  今回の生活保護基準の引き下げについては、訴訟に先行する審査請求について、全国で約1万2000人の方が申立てをしています。過去最多の年間生活保護に関連する審査請求件数が、2009年(平成21年)の1086件ですから、この約10倍の方々が不服申立てをしたということになります。そして、審査請求の裁決を経ての提訴も、ここ佐賀を皮切りに、さいたま、熊本と続いており、今後も全国で続々と提訴され、やがては生活保護の歴史上空前の大量原告の訴訟となることは確実です。
  
  もともと、生活保護を利用している人たちが行政を相手に不服を申し立てること自体が、「税金のお世話になっているくせに生意気だといわれるのではないか」「嫌がらせを受けるのではないか」などの思い、不安からしても、決して容易なことではありません。とりわけ、一昨年の「生活保護バッシンング」の影響は深刻です。にもかかわらず、史上空前の人数での審査請求がなされ、やがては提訴をしようとしているのは、どこに動機があるのでしょうか。また、どのような思いなのでしょうか。
  
  まず、第1に、日本における深刻な「格差の広がり・貧困化の進行」があります。例えば、所得格差を示す数字である「ジニ係数」は、1981年(昭和56年)には0.3491と格差が少ないとされていたものが、2008年(平成20年)には0.5818と大きく広がっています。また、「貯蓄なし世帯」も、1987年(昭和62年)にはわずか3.3%であったものが、2011年 (平成23年)には28.6%まで増加しています。「貧困率の推移」を見ても、2009年(平成21年)にやっと政府が発表した2006年(平成18年)時点での相対的貧困率は15.7%、2009年(平成21年)時点での相対的貧困率は16%とさらに悪化しています。実は、OECD諸国のデータによれば、2005年(平成17年)の日本の全人口の相対的貧困率は、メキシコ18.4%、トルコ17.5%、米国17.1%に次いで第4位の14.9%でした。そしてこれを生産年齢人口での相対的貧困率を見ますと、2006年(平成18年)では、米国13.7%につぐ13.5%と第2位の深刻な状態にありました。
2 このような貧困の深刻化の中で、生活保護利用者が増加することは当然のことです。生活保護制度利用者は、1995年(平成7年)88万2229人、2005年(平成17年)147万5828人、そして2011年(平成23年)7月には205万0495人と現行制度発足以来最多数となりました。そして、2014年(平成26年)3月には217万1139人と最多数を更新し続けています。
  このような状況を改めるためには、①労働の現場での、非正規雇用の規制や最低賃金のアップ等による雇用の安定、②社会保険、とりわけ完全失業者のうち2割程度しかカバーしていない雇用保険の失業給付の充実、医療保険の給付内容の充実、③無年金、低年金高齢者(月額5万円未満の年金受給者約1000万人)対策としての最低保障年金の創設と年金の増額、④先進諸国 並みに低所得者向けの家賃補助(住宅手当)制度を創設すること等の対策が必要なのです。また、⑤生活保護基準の「引き上げ」こそが必要です。
 
  ところが、政府が行った対策は、全く反対に3年間に総額670億円(平均6.5%、最大10%)という過去に前例を見ない大規模な生活保護基準の「引き下げ」だったのです。つまり、基準を引き下げることによって生活保護利用者数を減らし、生活保護の給付額を減らそうというわけです。
  これでは、「貧困層がますます貧困になるだけ」で、貧困対策にはなっていないばかりか、生活保護利用者の生活は、健康で文化的な最低生活を保つことすらできない状態に追い込まれています。
 
  第2の問題は、「引き下げ」の手法の問題です。
  今回の「引き下げ」は、結論先にありきの引き下げでした。
  もともと、生活保護基準のあり方については、2011年(平成23年)2 月に設置された社会保障審議会生活保護基準部会で検討されていましたが、その検討は、憲法25条の規定をうけて、あるべき健康で文化的な最低生活水準をどう考えるべきかという観点から進められていたのです。ところが、その後、厚生労働省の事務局が、報告書とりまとめの直前、突然に第1十分位(下位 10%の所得階層)の消費実態と生活保護基準を比較する方法での検討を提案し、同部会は、2013年(平成25年)1月18日に報告書を取りまとめましたが、その報告書では、むしろ、第1十分位との比較に疑問を示し、安易な引き下げに慎重な姿勢を示していました。にもかかわらず、政府は、これまた突然に、それまで基準部会でも全く検討がなされなかった「物価の動向」(デフレ)を理由に、報告書の内容とは異なって生活保護基準を3年間で総額670億円(平均6.5%、最大10%)引き下げるという方針を決めてしまったのです。しかも、この結論を導き出すために、厚生労働省は、「生活扶助相当CPI」というまやかしの物価指数を取り入れて数字合わせまでしています。
  この結論には、自由民主党の政策として、生活保護基準10%削減を掲げていたことが大きく影響していることは間違いありません。
  このように、内容面でも手続き面でも大きな問題点・違法性を持つ今回の引き下げによって、生活保護を利用しているあるいは利用しょうとしている当事者の方々がどんな苦しみ、被害を被っているかについては、後の原告の意見陳述で述べられるとおりです。
3 しかし、今回、先に述べたような1万2000人にも及ぶ当事者の方々が審査請求に立ち上がったのは、この2つの理由だけではありません。
  第3には、生活保護制度が、健康で文化的な最低生活保障のあり方(ナショナル・ミニマム)を決定づけるという重要な役割を持つところから、保護基準の引き下げは「自分たちだけの問題ではない」という思いからの不服申立てでありました。
  2008年(平成20年)の最低賃金法の改正により、最低賃金は生活保護基準との「整合性に配慮する」ことになっています。このため、生活保護基準が「引き下げ」られれば、最低賃金の額は、その分上げる必要がなくなります。また、基礎年金の給付水準とも関連しているところから、年金も減額して良いということにもなります。さらに、低所得者の教育を支える大事な制度である「就学援助」制度にも大きな影響を与えます。生活保護基準が引き下げられれば、就学援助の基準も厳しくなる可能性が高く、現在、全国の自治体で、この制度の運用に深刻な後退が懸念されています。
  そのほか、住民税の非課税基準、国民健康保険の保険料や窓口負担の減免、介護保険料の軽減基準、保育料の徴収基準など生活保護保護基準は、多くの負担や料金の基準となっているため、生活保護基準が下がればこれらの負担や料金は反対に増額することになります。
  このように、生活保護基準は、実は、私たちの生活に密接しているのでありまして、生活保護制度は「あの人たち(制度利用者)の制度」ではなく、「私たちの制度」なのです。
  ですから、本件の原告は、単に自分たちのために訴訟を闘っておられるのではなく、私たちの生活の「岩盤」を支えるためにも闘っておられるのです。
4 この国において、生活保護基準のあり方を最初に問うた「朝日訴訟」の原告 朝日茂さんは、「低劣な生活保護基準のおしつけは、私にはまさに、死を意味していた。」「憲法第25条は何のためにあるのだろう。いつ、どんなときに、この現行憲法の民主的条文は、国民の生活に直結したものとして生かされ るのであろうか。」「私の怒りは、決いて私一人だけの怒りではない。多くの 貧しい人びと、低い賃金で酷使されている労働者の人びと、失業した人びと、 貧しい農漁村の人びと、この人びとはみんな私と同じように怒っているはずだ。」「生活と権利を守ることは、口先だけでいくらいっても守れるものでは ないのだ。闘うよりほかに、私たちの生きる道はないのだ。」との思いで厚生大臣を訴えることを決意したそうです。
  本件の原告もまさに、同じ思いです。
  この朝日さんの思いに、1960年(昭和35年)10月19日、東京地方裁判所は、「『健康で文化的な』とは決してたんなる修飾ではなく、その概念 にふさわしい内実を有するものでなければならないのである。それは生活保護法がその理想を具体化した憲法第25条の規定の……沿革からいっても、国民が単に辛うじて生物としての生存を維持できるという程度のものであるはずはなく、必ずや国民に『人間に値する生存』、あるいは『人間としての生活』と いいうるものを可能ならしめるような程度のものでなければならないことは、いうまでもないであろう。」とし、「最低限度の水準は決して予算の有無によって決定されるものではなく、むしろこれを指導支配すべきものである」と応えて、朝日さん勝訴の判決を下しました。
  今回の裁判は、1人の朝日茂さんが闘っているのではなく、1万2000人の朝日茂さんが闘っていると言えます。
5 貴裁判所におかれては、原告のこのような思いを正面から受けとめ、内容面でも手続き面でも違憲・違法であり、正当性のない本件処分を取り消す明快な判決を下されるよう心より要望致します。
                                以上


☆転載終了☆


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