生活保護制度の「新仕分け」に先立って厚生労働省と財務省の提案の撤回を求め、生活保護基準の引下げに改めて強く反対する会長声明(日本弁護士連合会)
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生活保護制度の「新仕分け」に先立って厚生労働省と財務省の提案の撤回を求め、生活保護基準の引下げに改めて強く反対する会長声明
厚生労働省は、本年10月5日、生活保護の保護基準の妥当性を検証する社会保障審議会生活保護基準部会に対し、「第1十分位層」、すなわち全世帯を所得の順に並べた場合の下位10%の階層の消費水準と現行の生活扶助基準額とを比較すべきであるとの見解を示した(以下「厚生労働省案」という。)。
また、財務省主計局は、本年10月22日、財政制度等審議会財政制度分科会に対し、現行の生活扶助基準額との比較対象を「第1五十分位」、すなわち厚生労働省案より更に厳しい下位2%の所得階層の消費水準とすることを提案し、医療扶助費抑制のために医療費一部自己負担の導入を提案した(以下「財務省案」という。)。
さらに、本年11月8日の内閣府行政刷新会議において、生活保護制度は、今月16日から予定されている「新仕分け」の対象とされた。
このように、政府は、「適正化」の名のもとに、保護基準引下げを中心とする生活保護費抑制のための施策を次から次へと繰り出している。
しかし、厚生労働省案にせよ、財務省案にせよ、保護基準は最下層の低所得者の消費水準を上回ってはならないとの考え方によるものである点において共通しており、このような考え方は、健康で文化的な最低限度の生活を保障する生活保護法の基本原理(第3条)に反するものである。
また、捕捉率が2割ないし3割と低く、所得が保護基準を下回るのに生活保護を受給していない人の数が800万人とも1000万人とも言われる現状では、厚生労働省案(下位10%)であれ、財務省案(下位2%)であれ、最下層の低所得者の消費水準を上回らないように保護基準を引き下げることが正しいとすれば、保護基準は際限なく引き下げられることになる。
財務省案は、生活保護利用者の1人当たり医療扶助費、入院医療費が一般国民(市町村国保)に比較して高額であるのは、全額公費負担に伴うモラルハザードが生じていることによるとの認識を前提としているが、生活保護を利用している世帯のうち8割弱が高齢者世帯と傷病・障害者世帯である(国立社会保障・人口問題研究所調べ)ことからすると、1人当たり医療費が一般国民に比較して高額となるのは、むしろ当然のことである。たとえ償還制を採用するにせよ、医療費の一部を自己負担とさせることは、一時的に最低生活費を割り込む事態を招来する点、重篤な疾病を抱える者ほど受診を抑制せざるを得なくなり症状の重篤化や場合によっては命の危険さえ招きかねない点において、憲法25条が保障する生存権を侵害するものと言わざるを得ない。
そもそも、生活保護制度は、我が国の生存権保障の基盤となる極めて重要な制度であり、財政的見地から安易な制度の削減を行うことは厳に慎まれるべきである。貧困率が16%と年々悪化している現状において、財務省や厚生労働省に求められているのは、税や社会保険料の応能負担原則の貫徹等によって社会保障の財源を捻出し、所得再分配機能を強化することで貧困を解消することのはずである。今般の厚生労働省案は、生活保護基準の引下げという結論先にありきで、社会保障審議会生活保護基準部会の議論を誘導しようとするものであり、財務省案や予定されている「新仕分け」は、さらに生活保護費の削減案を提示して、同部会に対して事実上の圧力をかけるものであって、到底容認できない。
このような動きの背景には、生活保護の不正受給が増加しているとの見方があると思われる。もちろん不正受給自体は許されるものではなく、それに対する対策をとるべきであるが、以前から指摘しているとおり、「不正受給」は金額ベースで0.4%弱で推移しており、近年目立って増加しているという事実はないのであって、生活保護基準の引下げにつながるものではない。
当連合会は、既に本年9月20日、「我が国の生存権保障水準を底支えする生活保護基準の引下げに強く反対する会長声明」を発表しているところであるが、今般の厚生労働省案及び財務省案に接し、両省案の撤回を求めるとともに、改めて、生活保護基準の引下げに強く反対するものである。
2012年(平成24年)11月14日
日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司