第11回社会保障審議会・生活保護基準部会を踏まえての緊急声明(生活保護問題対策全国会議)

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 第11回社会保障審議会・生活保護基準部会を踏まえての緊急声明 

1 はじめに 
 2012年11月9日、第11回社会保障審議会・生活保護基準部会が開催された。そこで厚生労働省が配布した資料や説明からすると、第1十分位(下位10%の所得階層)の消費実態と生活保護基準を比較し、生活保護基準を引き下げる方向での報告書のとりまとめに向けて着々と布石が打たれているように見受けられる。
 しかしながら、以下述べるとおり、こうした検証手法には大きな問題があるので、私たちは、より慎重な議論・検討を求めて本緊急声明を発表する。

2 最下位層との比較は際限のない引き下げを招く 
 そもそも、生活保護基準以下の生活を余儀なくされている「漏給層(制度の利用資格のある者のうち現に利用していない者)」が大量に存在する現状においては、低所得世帯の消費支出が生活保護基準以下となるのは当然のことである。にもかかわらず、最下位層の消費水準との比較を根拠に生活保護基準を引き下げることを許せば、保護基準を際限なく引き下げていくことにつながり、合理性がないことは明らかである。

3 水準均衡方式は「第1十分位の消費実態に生活保護基準を合わせる」というものではない 
 1984(昭和59)年以降採用されてきた生活保護基準の検証方式(消費水準均衡方式)は、中央社会福祉審議会が、生活保護受給世帯の消費水準を「一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準」であるとし、その均衡(格差)をそのまま維持せよと意見具申したのを受けたものであるが、その際、生活保護基準の妥当性検証の前提とされたのは、①平均的一般世帯の消費支出、②低所得世帯(ここでいう低所得世帯とは第1五分位(下位20%)と第2五分位(下位40%)の世帯)の消費支出、③被保護世帯の消費支出の3つの間の格差の均衡に留意するということであり、単純に第1十分位という下位10%の最下位層の消費支出に生活扶助基準を合わせるというものではない。

4 第1十分位との比較検証という手法は2007年の検討の際にも否定された
 2007(平成19)年末にも第1十分位との比較検証をもとに生活保護基準の引き下げが画策され、同年11月30日、舛添厚生労働大臣(当時)が引き下げ方針を明言したが、当時野党であった民主党をはじめとする国民各層からの反対の声と検証を委託された検討会の委員からも異例の声明が出されて引き下げが見送られた経緯がある。
 すなわち、民主党は、2007年12月5日、「貧困層の増加に合わせて、単純に生活保護基準を引下げることは、『負のスパイラル』による歯止めなき引下げを招きかねません。」などとする「生活保護基準引き下げに反対する談話」を発表した。
 また、当時の厚生労働省社会・援護局長が検討を諮問した「生活扶助基準に関する検討会」の5人の委員全員が、同月11日、「『生活扶助基準に関する検討会報告書』が正しく読まれるために」という異例の声明を発表し、「単身世帯の生活扶助基準額について検討する場合は、第1十分位を比較基準とする」と「その消費支出が従来よりも相対的に低くなってしまうことに留意する必要がある」、「(検討会報告書に)『これまでの給付水準との比較も考慮する必要がある』と加筆された」のは「『生活扶助基準額の引き下げには慎重であるべき』との考えを意図し、全委員の総意により確認されたところである。」として、これまでの給付水準との比較の観点から生活扶助基準の引き下げは慎重であるべきとの立場を明らかにした。仮に、今回、異なる立場を採用するのであれば、上記見解との整合性について、十分な説明がなされるべきである。

5 下位8割の等価年収のシェアが軒並み下がっている中で、水準均衡方式を採用し続けることには慎重であるべき
 今回の部会において示された「等価年収のシェアの推移」という資料によれば、1999(平成11)年から2009(平成21)年にかけて、第9十分位と第10十分位という上位20%の階層のみがシェア(取り分)を増やし、第1十分位から第8十分位という下位80%の階層はシェアを減らしている。すなわち、上位20%の富裕層のみが富の取り分を増やしており、下位80%は軒並み富の取り分を減らし、格差が拡大していることが明らかとなったのである。
 較差縮小方式から水準均衡方式に変わったのは、全体としての消費水準が上昇していっている状況を踏まえてのことである。第1十分位や第5十分位のシェア(取り分)が低下している中で、こうした階層との比較で「健康で文化的な生活水準」であるべき最低生活費を決めることには慎重であるべきである。この点は、部会においても山田委員、岩田委員が指摘しておられたとおりである。
 確かに、この年末までに、水準均衡方式に代わる新たな保護基準の検証方法を確立することは困難であろう。しかし、こうした問題が明らかとなっている以上、少なくとも、第1十分位や第5十分位との比較のみを重視して保護基準を引き下げる方向での取りまとめを行うことは許されない。今回は、従前と同様に水準均衡方式を採用するとしても、①平均的一般世帯、②低所得(第1五分位(下位20%)と第2五分位(下位40%))世帯、③被保護世帯の3つのうち、③の「これまでの給付水準」を重視すべき比重が、検討会委員が前掲見解を示した2007(平成19)年の時以上に増しているというべきである。

6 「耐久財の保有状況等について」の項目の選択は不十分且つ恣意的であり、これを根拠として第1十分位の社会的剥奪度が低いなどとは言えない
 委員の要求に応じて厚生労働省は、第1十分位と第3五分位の「耐久財の保有状況等について」比較する資料を提出し、耐久財の保有率等の差が小さいこと根拠として、第1十分位が第3五分位(真ん中の階層)に比べて社会的剥奪がされているとはいえず、第1十分位を検証の比較対象とすることが不当とはいえないと根拠づけようとしている。
 しかし、ここで選択された項目は、「年に1,2回程度は下着を購入する」「冷蔵庫」「洗濯機」「炊飯器」「カラーテレビ」「電気掃除機」「布団」といった、まさしく必要最小限度の生活基盤をなすものばかりであり、もともと所得のいかんにより保有率に差がつきにくい項目である。
 一方、2009(平成21)年全国消費実態調査の「年間収入階級・年間収入十分位階級・世帯主の年齢階級別1000世帯当たり主要耐久消費財の所有数量及び普及」(本書面には十分位階級別の普及率を抜粋したものを添付)によれば、平均あるいは第5・6十分位(第3五分位に相当)の普及率が6~7割に達している生活必需品でも、
   「洗面化粧台(63%⇔41.6%)」
   「電子レンジ(オーブンレンジ含む)(95.4%⇔88%)」
   「300L以上の冷蔵庫(68.8%⇔47.1%)」
   「ルームエアコン(83.1%⇔69.5%)」
   「食卓セット(食卓と椅子のセット)(69.4%⇔49.6%)」
   「ベッド(61.4%⇔48.2%)」
   「携帯電話(PHS含む)(87.5%⇔62.3%)」
   「ビデオレコーダー(DVDブルーレイを含む)(66.5%⇔38.5%)」
   「パソコン(66.6%⇔28.6%)」
   「ステレオセット又はCD・MDラジオカセット(67.3%⇔28.6%)」
   「カメラ(デジタルカメラを含む)(71.6%⇔37.7%)」
などは第1十分位での普及率は格段に低い。
 普及率6割以下のものでも、
   「温水洗浄便座(60.0%⇔36.7%)」
   「システムキッチン(50.2%⇔27.0%)」
   「学習机(50.6%⇔22.4%)」
などは、第1十分位の普及率は平均よりも相当低い。
 こうしてみると、第1十分位の生活実態は、文化、情報、教養など生活の質の点において平均的所得層に比較して相当に低く、社会的剥奪を受けていることが明らかである。「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するためには、どのような生活の質が保障されるべきかという視点に立って耐久消費財の普及率を比較し、社会的剥奪の程度を判断することが重要である。
 また、今回の比較は、あくまでも耐久消費財の保有状況を中心とした比較にとどまっている。しかし、「健康で文化的な」最低限度の生活を保障するという憲法的視点に立てば、社会的支出の項目、文化的支出の項目についての比較も同時になされなければ、「社会的剥奪」の程度を判断することはできないはずである。こうした視点を持たず、不十分、かつ、恣意的なデータをもとに第1十分位の生活実態が第3五分位と大差がないなどと結論づけることは到底許されない。
 なお、差の比較については、x/yではなくて、統計上の有意の差を計算すること(P値を使用した有意差の表示)が必要ではないかとの疑問もある。

7 分析方式の妥当性と少ないサンプル数を基にした数値を基準改定の合理的根拠とできるか
 岩田委員は、年齢、世帯人員、地域による様々なバリエーションについて全国消費実態調査(以下「全消」という)と保護基準の対比をして差が出たとき、その差が有意なのかの評価は別問題であること、個別のカテゴリーの全消データのサンプル数が極めて限られてくることから、その数値に信頼性があるのかが問題となることを繰り返し強調された。母子加算はいったん廃止されたが、その際、廃止の根拠とされた全消データのサンプル数が極めて少なく信頼性がないことを理由として復活されたが、同様の問題が生じ得る。
 年齢体系、世帯人員体系、級地間格差の検証に際して、そもそも回帰分析の方法によることが妥当なのか、回帰式の内容が妥当なのか、計算にあたって最低限必要なサンプル数を幾らくらいと考えるべきかについても慎重な検討が必要ではないか。
 少なくとも、恣意的判断がなされていないか検証可能なように、個別のカテゴリーごとの全消データのサンプル数と原データの内容等について情報が開示されることは必要不可欠である。

8 勤労特別控除について
 厚生労働省は、勤労控除、特別控除の見直しについて、全福祉事務所への悉皆アンケート調査をした結果をふまえ、廃止方向に結論付けようとしている。
 しかし、アンケート結果によれば、「臨時的就労関連経費を補填する役割を果たしている。」との回答が169福祉事務所(17%)、「臨時的就労関連経費の補填というよりも、可処分所得の増加によって就労インセンティブの促進に効果的につながっている。」との回答が497福祉事務所(51%)と、肯定的評価が約7割に達している。特に、稼働可能者に対する就労インセンティブをいかにして高めるかが検討課題とされている中、特別控除が「就労インセンティブの促進に効果的につながっている」との回答が51%もある。にもかかわらず、それを理由として廃止を結論づけようとするのであれば、牽強付会に過ぎ、何が何でも削減ありきの姿勢というほかない。

2012年(平成24年)11月14日
生活保護問題対策全国会議
代表幹事 尾藤 廣喜

[添付資料:H21収入分位別耐久消費財の普及率(十分位抜き書き版)]

 

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